
大阪のアースフィールドヒーリングオフィスです。
飛行機の中や座りながら気づかれずにできる健康と美しさを保つ運動法があります。腰をクックッとか、足のゆびをムズムズとか、お尻の穴をキューッパッとか。
読むだけではピンとこない方には、エネルギーワークボディケアコースでお伝えしています。
内容
・カイロプラクティックから基本的姿勢について
・合気道から「中心軸」等のお話
・美しい姿勢と健康のための運動法
◆基本的な姿勢
カイロプラクティックの考え方は、物理的な人体への考察には優れたものがあります。ここでは、ただ立っている、座っている姿勢について記したいと思います。各運動のために、構えているときの話ではありません。また、より良い姿勢とは、エネルギーロスの少ない、障害の起きにくい、生きる為だけの姿勢とします。
人間の脊柱には、いくつかのカーブがあります。腰は前に凹んでいますし、背中は後ろにでています。そうすると首の骨も前に凹みます。この形であごが引けると、頭は首の骨の上にのります。これでまっすぐ立てると、体重は骨にかかりますので筋力は殆ど必要無く、エネルギーロスの少ない形になります。筋肉はリラックスできますので、疲労もなく、障害も起きにくくなります。
腰痛、肩凝り、頚部痛とこれらに起因する頭痛など、多くの筋疲労性の問題は、この形がとれない、リラックスできない、関節などの運動制限がある等から起こります。よくあるエネルギーロスの多い姿勢パターンとして挙げられるのが、猫背です。それから、フラットバックというのもあります。服を着ていると分かりにくく、良い姿勢に見えることもあるのですが、カーブが失われている為に弾力性がなく、弱い構造となります。
これらの形は、多くは日常生活に表れています。そして日常できるような簡単な運動である程度予防できます。よりよい姿勢のための運動としてはペルビック・ティルト、下部僧帽筋や椎前筋のトレーニング、大胸筋や腸腰筋のストレッチ、力を抜くトレーニングなどがあります。
■合気道より「中心」のお話
1.物理的な重心
重心とは、物体の各部に働いている重力の作用と等価な合力が作用する点です。
模式的に示すと指の重心>各指と手のひらの総和としての手の重心>手・前腕・上腕からなる腕の重心>各パートからなる身体の重心となります。身体の重心はお臍の辺りと云われておりますが、姿勢によっても違いますし、体型によっても違います。心臓の鼓動によってさえ上下するのですから。
2.丹田
一般的にへその下三寸あたりにあると言われる臍下丹田(せいかたんでん)。実は科学的にはまだ、それが何であるのか実証されていません。
しかし武道ではこれが体の重心であるとされており、必ず養わなければならないものとなっています。
この丹田ができてくると、心が落ち着き、技も効果的になると云われています。
「中心軸」のお話
1.地軸(重力線)
合気道をやる上での前提として、「力を抜く」ことがあげられます。
体の重心と地球の重心をむすんだ線が地軸(重力線)ですが、傾きを引き戻す筋肉を全く使わずに立つと、地軸が感じられます。「?」って方は碁石を積み重ねた状態をイメージしてみて下さい。
少しでも傾くと崩れてしまいますよね。
それをどこまでも積み上げたような感覚を保つわけです。
体の力を抜き、自分の体をコンニャクであるようにイメージし(人体の70%は水分です)静かに地軸に乗ると、楽に立っていても強い姿勢で立つことが出来ます。
体が固形でないので、相手はいくら押してもこちらの重心を崩すことが出来ず逆にこちらは相手にその力を返すことが出来るようになります。
2.正中面、割体(かったい)&入り身上の地軸が感じられるようになると、次は技に中心の感覚を活かす段階にはいります。
合気道の体捌きに、入り身、転換、回転 等がありますが、ここでは入り身をもとに話を進めていきます。
「体の力を抜いてコンニャクになる」という話をしましたが、今度は体を垂直軸でたてに細かく割り、南京玉スダレのように使う感覚を養います。このスダレのまん中の一本が正中面です。
前後左右に動くには、脚で地面を蹴らず、落ちる力を移動の力に変え、重心の移動と割体で体捌きをすると、一瞬相手にはこちらの姿が消えたように感じられます。これを入り身と言い、転換や回転はこの動きを含んだ応用的な体捌きです。
3.合気道は文字にできないものを「考える」能力を必要とし、運動や間合いの感覚(時空間認識能力)を養います。
武道や運動は「勘でやるもの」「肉体強化あるのみ」「考えていては間に合わない」等と思う方もいるかもしれません。しかし合気道はかなり頭を使います。それに勘でやると
「右かな?左かな?えぇい、きっと右だぁ」
と突っ込んだところ勘が外れてバサッ! っと斬られる、てなことにもなります。では、順を追って説明しますね。
頭を使うという点では
1. 稽古中のみ
2. 相手に対した時も
の2点があるのですが、
1. 稽古中のみ
これは普段の稽古で相手と組みながら、「う〜ん、これじゃ力がぶつかってるな」「すっぽ抜けたぞ」「今のは腕力だったなぁ」「角度が違うような気が・・・」なんて考え、今度は自分が相手の受けをとりながら「それじゃ無理あるよ」「そんなとこ立ってたら蹴られるよ」「お、無理なく流れたよ。今のどうやった?」なんて感じながら一緒に組んでる稽古相手と「あ〜でもない。こ〜でもない」なんて話しながらやったり、説明に回ってる先生の動きと自分の動きを比べて「何が違うんだ?」と常に考えてやってます。ふっと相手と触れた瞬間に体が自然と理にかなった動きをするようになるまで上のようなことを考えているわけです。まぁ、一旦「これで完璧」と思っても、また自分の動きに疑問が生じて上のことをまた繰り返していきながら段々ステップアップしていくので終わりは無いのですが・・・。
ちょっと話が逸れるかもしれませんが、柔道と合気道の違いの一つに、柔道は普段稽古している技(名前付き)の完成が大事なのに対して、合気道は道場稽古の技は単なる過程でしか無い点もあります。柔道ではルールが決まっていて規定の技そのものが大事です。試合で相手を背中から落とすか、一分間相手の背中を床に押し付け続ければ勝ちなのですが、「何だ〜それ?」って状態で相手が落ちても強引に何らかの柔道技の名前で決まったことになります。
ところが合気道は試合が無いので「理」に適っていれば技の名前などは「どうでもいい」ものなのです。道場稽古で技に名前は付いていますが、それは「理」という水を伝える器のようなもの。ルールも礼儀作法もない道場外で殺されないための「理」が大事なのです。合気道は相手を投げるのではく「結果として倒れるように導く」もので、理に適ってさえいれば相手が倒れるまでの過程で名前のある合気道技の動きになっていなくてもいいのです。合気道の「理(理合)」はこのようなもの。道場で「一〜五教」「四方投げ」「小手返し」「入り身投げ」・・・なんて稽古をしているのは、一応技の名前は付いていますが、その技そのものをマスターする為でなく、それぞれ技の形にした「器」を通して目で見ただけじゃ伝わらない感覚を感じさせる為。ですから入門したての頃は、まず技の形を憶えます。器作りですね。で、器ができつつあると同時に水を伝える。自分でも考え工夫する。だから只ひたすら汗をかいて「一教だぁ〜!」「入り身投げだぁ〜!」なんてやってても何も身に付きません。考え養い磨くのです。
2. 相手に対した時も
これは間合いと立ち位置。
また柔道を例に挙げると、柔道は今やオリンピック種目になった世界のスポーツ。スポーツは「正々堂々」「ルールに従って」やることを求められるので、今の柔道は自分から積極的に技を仕掛けないと指導を受けて減点。だから相手と組まずに離れてばかりいると、それで試合のルール上負けになる。でも合気道は現代武道の中に入れられてるけど、実際にやってることは古流武術そのもの。「勝つ」ことよりも自分が「負けない」ことが大事。だから間合いも剣道の「一刀足」よりもう一歩外。自分に相手の剣が届く時には既に何が来ているのか見える。修練を積んだから分かるんじゃなく、「そこに居りゃ、誰だって分かるよ」ってぐらい離れたところに最初から居るわけです。だから「勘」で「どっちから来るかな」なんてやってるわけじゃない。で、その間合いを縮められたらどうするか。そこで出てくるのが合気道特有の対捌き「入り身」「転換」。これは、う〜ん、文面じゃ説明難しいですね。有段者に見せて貰えば分かって貰えるかと・・・で、常にこの間合いを保ち、相手が突っ込んで来ようものなら体捌きに入れる位置に居るよう考えてる。
武器技の型稽古など、型なので最初から何が来るかは分かっていても、間合いが近いとポカスカ入ってしまいます。稽古中に気の抜けた、危険な位置にボーっ立っていると、体術でも何もしないうちに「君、もう終わってるよ」なんて言われ、最初は何のことかよく分からないかもしれませんが・・・確かにケンシロウでは無いですが
(笑)「お前は既に死んでいる」状態にあります。間合いですね。
それから立ち位置。
普段の稽古で「乱取り」っていうのをやるんですけど、これは柔道の乱取りと違って試合ではなく、複数の相手が一斉にかかってきた時に「どこに立つべきか」の感覚を身に付ける稽古。複数の相手に一斉に囲まれて勝てるのは仮面ライダーだけ。(笑)そこでどうするかと言うと、常に相手の外を回って、敵全員が同じ方向にいる状態を作り、相手が複数居ても一対一の繰り返しになるようにする。だから複数の相手の真ん中に突っ込んで行くと捕まるから、常に考えながら動いて、動いて、回って、回って(後は円ひろしに任せて(^_-))実はこれ↑宮本武蔵の五輪書にも同じことが書いてあります。現代語訳もありますから機会があれば一度お読み下さい。
稽古中の怪我について
武道は元を辿れば高度な殺人手段であり、一つ間違えれば、又ある意味本来の正しい使い方をすれば、簡単に人を殺傷することができます。
それを万人に広め、本来殺人手段であったものを人格形成や体力養成手段に展開させものが、現代武道です。
そこで稽古中には細心の注意が払われますが、どうしても怪我をすることがあるようです。
特に、
・関節技で手首、肘、肩等の筋を痛める、
・腕や脚の骨折、
・受身を取り損ねて頭を打つ(平成元年でしたか、ある大学の合気道部で
部員が頭を打って、死亡した事故があったと記憶しています)等・・・
本来非常に危険である分、稽古には相手を思い遣る気持ちが大切です。稽古中は技を通して、稽古相手とダンスするくらいの感じで気持ちよく動くくらいでいいと思います。
合気道には、相手を思い遣る気持ちや優れた体感覚が要求されますし、これらを養うすばらしいものです。わたしがお手伝いできるのは、骨折以外の障害の治療・後遺症の回復のほかに、中心軸の設定やその感覚のトレーニングなどです。また、傷めた後、自分で治してしまわれる方もいらっしゃいますが、くせになさらないように。
おまけ 身体や「気」などのことを昔の人は知っていた・・・
昔の人は身体や人や物のことをよく知っていました。このことは諺や言い回しによく残っています。例えば、考えの固い人を「石頭」と言いますが、頭蓋骨の動きが悪く石のようです(後には頭皮下に水分や脂が溜まりちょっと押すと柔らかく感じます)。それから「手も足も出ない」状態を長く続けた人は手足の筋肉が縮んで硬くなり関節に痛みが生じることがあります。「心身一如」とも云います。心理状態と身体状態には関連性があるのです。「病(やまい)」は意が止むですし、病気は気が病んでいます。みなさんも一度思い出して考えてみてください。余談ですが、「おへそで茶を沸かす」のは笑ったときに茶釜を置くとグラグラいうからでしょうか。笑いすぎるとおなかが熱くなりますが、まだ100℃を越えたことはありません。
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